丸山敏雄の心の源流


宣

「宣」と題された直筆の文章

  丸山敏雄の胸中の奥深く、心のひだに刻み込まれた念願をうかがう、貴重な文書が残されています。
  「宣」と題されたそれには、次の3ヵ条が毛筆でしたためられています。

一、我  萬人のしもべとならむ
一、我  萬物の友とならむ
一、我  萬象の讃嘆者とならむ

  これが書かれたのは、昭和26年10月7日の早朝4時。死の2ヶ月前でした。
  その頃、敏雄の身体は急激に衰えていました。食物だけでなく、水一滴でさえも咽を通りにくくなっていて、口に物を含めば、しばしば逆流しました。体重は減る一方でした。
  それでも毎朝3時過ぎには必ず起床し、読書と執筆を一日とて欠かしませんでした。著作の校正刷には丹念に目を通し、書や歌の勉強も続け、会友の作品に添削指導もしました。
  自らの体調不振にいささかもひるむことなく、常にその「全(まったき)」に生き抜く。そんな日々の中から生まれた「宣」は、まさに自然体の誓いだったのでしょう。


日々誓詞(ちかい)

  「宣」に先立つこと9ヶ月前、昭和26年3月9日の朝5時、敏雄はひそかに重大な祈誓文を起草していました。
  そのことは、没後数ヶ月後に発見された一巻の折本の存在によって初めて明らかとなり、家族もまったく知らなかったといいます。
  表紙には「ちかひ」と書かれています。「ちかひ」は「日々誓詞」とも題され、文字どおり敏雄は、そこに墨書されている言葉を、朝な夕な誠心誠意、神棚を前に祈誓していたものと推察されます。
ここでは、その内容の一部を原文のまま掲げます。

一、此尊き大御国に生命をうけ  学問さしていたゞき  真理を教へられ
      今日あらしめられし限り無き大御恵を  つつしみかしこみて御礼申上坐


一、今日より後は  すべてを捨て身命をかけて働きます故
      倫理研究の聖業がすすみ  著述の大業がなり
      絶対倫理の光輝が全地上に及び  人類の苦悩を救ひ  日本文化を高揚し
      世に永遠の貢献光被せしめ給へ


一、人の苦しみをわが身に成り代る身代の神業いよよ鮮やかに
      まこともて倫理実践を誓ふ人々の悩み苦しみ即座になり代らせ給へ
      必ずこの倫理を教へ  その人をまことの生活にもどし  幸福のくらしに導きます