書道―書の道は心


  丸山敏雄は、小倉師範学校で西川萱南に学んで以来、終生にわたり書道を「余技」として愛好しました。
  昭和12年からの数年間は、裁判事件に巻き込まれたため、しばらく書道教授によって糊口をしのいだこともありましたが、本業はあくまで学問の研究であり、教育の聖業であり、倫理の探究であって、書道は余技にすぎないという意識は消えませんでした。
  しかし、余技といっても、書道を軽視していたのではありません。
  敏雄は、「書道とは心のふるさとに帰る道である」と言いました。
  「ふるさと」、それは懐かしき我が父母の住んでいるところ。そして「心のふるさと」とは、生まれでるときに父母から頂いてきた「心の中の最も純粋な部分」という意味であります。
  私たちは、成長するにつれて生活に追われ、仕事におぼれて次第に心のふるさとを忘れてしまう。私利私欲にとらわれ、執着して、もがき悩み、知らず知らずのうちに周りの人々をも苦しめていることがあります。
  そんな時、たとえわずかな時間でも筆を手に取ってみる。筆を持って無心に書いてみる時、私たちは我を忘れ、純粋な心に立ち戻ることができます。
  敏雄は心のふるさとを「至心」とも言いました。「至心の結晶」として書かれた書は、上手下手を超えて人の心を打つ名作となります。余技の書道で浄めた至心を本業に活かすことによって、本業はますます伸び栄える。本業で鍛えられた精神がまた、余技の芸術をいっそう豊かなものにしてゆく。
  敏雄にとって、余技として書道を楽しむことは、大事業を成し遂げる秘訣でもあったのです。

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